京都地方裁判所 昭和41年(わ)1156号 判決
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【判決理由】しからば、第二に、先行車に視界がさえぎられて自車の左斜め前方の見透しが不可能な場合、被告人としては、自己の現認できない横断歩行者のあることを予想しそれとの衝突事故を防止するため事前にどの程度までの安全措置を講ずべきであつたと云うべきであろうか。これはその時における具体的状況に徴し具体的に画定せらるべき問題である。これを本件についてみるに、本件現場付近の道路は、東本願寺の東側に幅員二・二メートルの歩道があり、その東側に幅員十六・九メートルのアスファルト舗装の平坦な直線の北行車道が続き、更にその東側に幅員二一メートルの緑地帯と南行車道が続いている、京都市内においても有数の幅の広い比較的整備された道路である。また、東本願寺前は、時と場合によつては、老若男女の参拝客等が蝟集し観光バスが相次いで発着していることがあるのは公知の事実であるから、特に警戒を要する場所と云える場合があるとしても、本件事故当時においては、夏期のしかも早朝のこととて、現場付近には駐車中の車輛はなく、歩道上の歩行者も少なく、現場の南方約五〇メートルの地点にある東本願寺正門前付近からそれ以南の歩道上にかけてわずか五、六〇名の参拝客等が散在していた程度にすぎなかつたことが明かであるから、このような事跡に徴すると、当時においては、本件現場付近は特に警戒を要する場所であつたとは認め難いものと考えられる。そうだとすれば、このような道路上を先行車に視界をさえぎられて左斜め前方の見透しが不可能なまゝ北進を続けたからと云つて本件予備的訴因に記載しているように、直ちに減速徐行して先行車との間隔を十分にとり左斜め前方に対する注視を容易にしたうえで横断歩行者の早期発見に努めるがごとき義務があつたものとは認められない。けだし、現在の歩行者の交通意識からすれば、前述のごとき幅の広い比較的整備された道路の状況下においても、なお不用意な横断歩行者がいつ自車の進路上に立ち到るかも知れない可能性はあるものと云わなければならないとしても、四囲の状況や歩行者の数が前記のとおりであつて特に警戒を要する個所と認められない限り、その蓋然性は極めて低いものと認められる。しかして被告人運転の自動車が本件現場付近にさしかゝつた際には、七条烏丸交差点を同時に発車した他車と共におゝむね三列になつて進行しており、被告人運転の自動車はその中央の列の先頭に、また左側の列の先頭にある貨客兼用自動車即ち先行車は被告人運転の自動車の左斜め前方約五メートルの地点を進行していたことは前記のとおりである。その際、先行車がわずかばかり被告人運転の自動車の進路にかゝつている態勢ではあつたが、その離りはたかだか約〇・三メートルにすぎなかつたのであるから、それは先行車に追従していたといつても併進していた場合と大差はないと云うべきであり、その限りにおいては、このような幅の広い北行専用の車道を多数の自動車が同時に進行する場合において、自車を先行車と前記のごとき態勢で進行せしめたからと云つて、それ自体とりたてて被告人に運転上の過失があつたとは認められない。のみならず、先行車とこのような関係を保つて進行する場合、先行車に視界がさえぎられて左斜め前方の見透しがきかずそのため横断歩行者を早期に現認することが不可能であつたとしても、前記のごとく特に警戒を要する個所とは認められない状況下にある限り、制限速度の範囲内で進行するにおいては、被告人が減速徐行し、もつて左斜め前方に対する見透しを容易にして横断歩行者等を早期に発見することまでの注意義務があるとは認められない。このような状況下にあつては、被告人は先行車の運転者を信頼し、左斜め前方から進入して来るかも知れない横断歩行者の発見とこれに警告を与える義務を先行車の運転者に委ね、先行車が警音機を吹鳴し、徐行を開始し、又は方向を転ずるなど危険発生を予知し得るような措置に出た場合にはじめてこれに即応して適宜の措置を講じ得るよう先行車の動静を絶えず注視するをもつて足りるものと云うべきである。この注意の程度を超えて本件予備的訴因に記載するがごとき注意義務があるとすることは、自動車の高速運送機関としての使命を全く没却し去り、自動車の運転者に社会生活上必要と認められる以上の注意義務を課する結果になるものと考える。なお、本件事故現場の道路の最高速度は毎時四〇キロメートルと定められているのに(証人宮本克三の当公判廷における供述)、被告人は当時時速四〇キロメートル乃至四三キロメートルで走行していたこと前記のとおりであり、制限速度をいさゝか超えていたのではないかとの疑いがないではないが、しかし、この点が特に本件結果の発生の原因の一つになつていると認められる証拠はない。
更に、第三は、被告人が本件被害者を発見した後にそれとの衝突を回避するための措置に特段の過失があつたものとは認められない。即ち、被告人運転の自動車が本件現場付近にさしかかつた際は、他車と共におゝむね三列になつて併進し、自車が中央の列の先頭にあつたことは前記のとおりである。しかして、被告人は当公判廷において「先行車の後には単車が進行しており、その単車後部と自車前部との間の距離は約二メートルにすぎず、なおその後方には軽二輪自動車(カブ)が続いていたと思う。左側には被害者を発見した直後に自車を追い抜いて行つた自動車があつたほか、その後にも、後続車が二、三台あつたと思う」旨の供述をしており、この供述を覆すに足りる証拠がない。そうだとすると、被告人はハンドルを左右に切つて被害者との衝突を回避する措置をとるがごときことは到底でき得なかつたものと云うべきであり、被害者を発見後直ちに前記のとおり急停車の措置を講じたことはけだし妥当な措置であつたと認めざるを得ない。のみならず、先行車の動静を見落したため急停車の措置が一瞬おくれたと認めしめるような形跡も存しないのであるから、被告人には、本件予備的訴因に記載しているがごとき結果回避義務の懈怠があつたものとも云うことはできない。
以上要するに、本件に現われた具体的状況に徴してみる限り、被告人に過失があつたとは認められない。本件事故発生の主たる原因は被害者が不用意に車道の横断を開始したことによるものと云わざるを得ない。